マクロミル唯一のGlobalな開発チームへの異動で、新卒3年目は何を見たのか vol.1

はじめに

皆さんは部を異動になって最初の仕事はなんでしたか?
異動したからにはさぞ大きな期待、大きな仕事を任されたことでしょう。

僕はカップ焼きそばを作ることでした。

それも9種類。

異動初日で「わたしのしごと」を見失いかけたのは、きっと世界で私だけでしょう。

だって周りがシステムメンテナンス作業をしている中でただ一人、パソコンすら触ってないもん。


↑実際に作った焼きそばたち↑

でも皆さん、やったことありますか?異なる種類のカップ焼きそばを同時に9個作る。
想像以上に難しいんですよ。お湯注いでる間に最初に注いだやつもう3分経ってるから。
というかそもそも6人しかいないのになんで9個作ってんだよ。

申し遅れました。

「一人だけ緊急事態乾麺」大石です。

冒頭にある通り、僕のGlobal Work LifeはYakisobaから始まりました。
でもただの雑用ばかりじゃない、僕はそこで大きな経験をした。初仕事となる同時9個焼きそばづくりで、かやくを入れ忘れるという「初トラブル」。乾いたかやくたちをコーヒーカップにぶち込んでお湯で無理矢理ふやかすという「初リカバリ」。

19新卒としてマクロミルへ入社してから早2年と4ヶ月、Yakisobaを乗り越えた私は、晴れて先期の部門MVPを獲得することができました。

今回はそんなふざけただけではない(はず)の私の遍歴を振り返りながら、マクロミルのIT新卒としてどのような経験や成長があったかについてお話しできればと思います。

ゆっくりしていってね!!!

焼きそばを作るハメになった経緯

誰もが皆、新卒時代は希望に満ち溢れて入社するもの。
僕だってそう。最初から自分が焼きそばを作ることになるなんて思ってもいなかった。

簡単に経歴をば。

  • 2019年4月 新卒入社
  • 2019年5月 Webアクセスログ集計基盤システムの開発メンバーとして配属
  • 2020年4月 パネル基盤システムへ運用・保守担当として異動、焼きそばを作る
     ⇒アメリカとインドに拠点のあるグループ会社「Presicion Sample(以下、PS)」の
      インド開発チームと連携し、拙い英語を駆使して開発ディレクションを担当
  • 2021年8月 3年目、現在に至る

最初の一年間は全く違うシステムの開発をしていましたが、2年目に突入する直前に突然「相談」というタイトルだけの部長との1on1 MTGがセットされました。クビを切られる覚悟で臨んだ内容は「インド行ってみない?」でした。

どうも異動先の日本チームからメンバーが一人退職(というより蒸発)されたということで、その穴埋めを新卒から選出する、という話だった模様。

もちろん不安でした。
日本を離れて寂しがる彼女は当たり前のようにいないし、肌が黒くてアジア顔だからきっと馴染めるだろうとも思ったし、大切な親友達は「ガチインド人じゃんwww」と大爆笑だし、ぶっちゃけ日本に残る理由も義理も特になかったんで即決しましたけど。

英語なんて全く話せませんでしたが、モットーが「とりあえずやってみりゃええ」だったのと、「またとないこのチャンス、今の仕事を全て置いてでも掴み取ってやる!」というありったけの夢をかき集めてサクッと人生最大の決断をしました。
そんなこんなで異動直後にやることのない僕は「コンビニの焼きそば全種類食べ比べしようぜ!」という上長の謎の一言で、周りがメンテナンス作業に励む中、焼きそばを作ることになり、今はインド人と共にパネル基盤システムを開発する業務に携わっています。

ちなみに、異動が決まったことをとある友人に伝えたところ「やっとお母さんに会えるんだね…」と言われましたが、決して里帰りなどではありません。

突然の異動、インド開発チームとの共同開発でぶち当たった壁

そんな僕の海外渡航記(コロナのせいで渡航できなくなったけど)は、当然のごとく波乱万丈でした。
特に苦労したことを三つ。

致命的な英語力 VS クセ強インド英語

まず躓いたのは、自身の致命的な英語力。何も聞き取れないし何も話せない。
日本チームは当時6人で構成されていて、それぞれが自身が担当するタスクの進捗をPSへ毎日30分の合同MTGで確認していました。そのため、基本的には自分のタスクについては自ら英語でヒアリングしなければなりません。
最初はチームの方々に協力してもらいながら何とか意思疎通を図りましたが、次第に自分の担当タスクが増えていくにつれ、より高度なコミュニケーションが必要に。
加えて、絶望的なまでに何言ってるかわからないインド英語の訛り、話し方、アクセントで、聞き取れなさに拍車がかかっていました。

しまいには、全くうまい言い回しが思いつかなくて最終的に「Yeah!!」でゴリ押しするという愚行。デオキシスでいえば頭の形がディフェンスフォルムの上司からは「ちゃんと会話しろ」といつも言われていました。

改善するために毎日PSとのMTG前に30分の「伝えることまとめ時間」を設け、英語の台本を作って臨んでいました。それでも上司からの唐突の「いしし(僕のあだ名)、これ伝えとかなきゃいけないんじゃなかったっけ?」という10まんボルトで無事ひんし。それを繰り返していくうちに次第に話せるようになっていき、課題は多くも何とか会話できるようにはなっていきました。

↑「写真撮るね!!」って言ったらみんなめちゃくちゃ構えちゃった↑

日本語と英語での伝え方の違い

ラブレター構文」って知ってますか?

僕が勝手にそう呼んでいるのですが、「沢山いろんなところ行ったね。一緒にいる時間がすごい楽しいんだ。だからこれからもずっと一緒にいてほしい。(キリッ」のように言っても「…で?」と返されて終わる。英語では背景や概要より結論が重視されました。

「僕は君が好きだ!何故なら顔がドタイプだから!僕は君と結婚したい!」といった具合に、何が問題で、何故問題なのか、どうあるべきなのか、を確実に伝えるように頭の中での転換作業を瞬時に要求されました。

ゴールデンボンバーも歌う気失せるほどの女々しさを持つ僕にとって、これがヒジョーに難しく、今でも苦労しているポイントです。

求められるスキルセットの違い

幸い異動時は2年目で経験も浅かったことからそこまで大きな影響はありませんでしたが、1年目はコーディングなどの下流工程をメインに行っていたため、いきなり「インドチームの開発ディレクション」となっても右も左も分からず非常に苦労しました。

事業部や現場との交渉力、見積もりがなかなか難しいインドチームの開発進捗管理、他プロダクトとの情報連携など。もちろん1年目で培ったAWS知識やIT基礎知識は腐ってはいないものの、全く異なる業務内容に二回目の新卒を経験している気分でした。

突然の次回予告

ここまで読んでいただいたあなたに朗報。

なんと、文字数が多すぎて今回はここまで。

Part2では、そんな四苦八苦の中から得られた成長、現時点で見据えた今後のキャリアステップなどについてお話しできればと思います。

次回、「ディフェンスフォルム上司にこの記事が見られませんように」
お楽しみに。